はこばこ跋扈

1日1投稿を目標に雑多な内容を書いていければと思っています。最初のうちは迷走を重ねるとは思いますが暖かく見守っていただければ・・・

正直布団が恋しすぎる話。

はじめに

最近外も寒くなり布団が恋しい季節になりました。
元々私は年がら年中布団が大好きな人種で好きなだけ睡眠を貪ることができる人種ですが、それでも冬というのはやっぱり特別な季節に感じます。日本でいう冬における布団の存在意義はまさに生存に必須な環境であるともいえ、布団から出ることは死と同意義とも呼べるのでは無いでしょうか?

今日も雑談ということで、布団が恋しすぎると言った事を話していきたいと思います。また、その話に関連して私が毎朝の通学の時如何様にして起床と戦っているのかについてもかければ良いなと思っています。

布団が恋しすぎる話

布団って恋しいですよね。
布団の中という空間はトイレや風呂と並んで安心感のある孤独を与えてくれる数少ない場所だと思っています。一人の空間では、自分の汚い部分を出すのは自由です。こうした環境の中で 嫌いな人の悪口を言って見たり、叶いもしない恋を夢見たりと言ったことは誰もが経験したことがあると思います。私も夜中にトイレに行けない娘の子守りをするなどと言った妄想と言ったことは何度も行ってきました。このような空間は

自我の照明可能空間

と言い換えることが出来ると考えています。社会の中の自分やコミュニティの中の自分と言った相対的立場ではなく、絶対的な自分を観測できる空間というのは孤独の中にしか存在しないと言えることが理由です。自分の良い点や悪い点、またシコ事情と言った普通ならば表に出すことができない発言などをノイズなしに観測できる場所は多くはないでしょう。

私が私らしくあれる場所という意味で私はこのようなスペースを好んでいます。風呂に関しては、溺れる危険性があることや埃が散っていないことから「清潔感」が漂いすぎて好きではありませんが・・・。しかし、トイレや布団の中と言った程よい閉塞感があって、程よく自分の汗などの液体によって汚されている場所には言葉にできない魅力を秘めているように感じています。

それでも、実家暮らしの私からすれば占有できる孤独の空間は布団の中にしかないように感じています。トイレも入ってしまえば、孤独を味わうことはできるのですが実家暮らしの影響で完全な孤独よは呼ぶことができないのです。

したがって私は布団の中が一番落ち着くことができ、恋しいんだという持論に至りました。

まぁ、こうして理論立てるまでもなく「好き」という気持ちには理由なんていらないと思うんですけどね・・・。なんでこんなに語ってしまったんでしょうか。

ちなみに直近で布団の中で行なった思想は以下の通りです。
お察しください。

  • 真面目な方:効率的な列運用の方法について
  • おかしな方:僕がキーボードになるならば、どの機種やどの機材に埋め込まれたものが良いのか。

起床と戦わなくてはいけない話

いくら布団が恋しかったとしても人間として社会の一員として生活を営んでいる以上、永遠と寝ることはできません。僕も大学生ですので、俗にいう1限の出席が厳しくて仕方がありません。

自分は湘南ナンバー圏から八王子ナンバー圏まで毎日90分かけてバイク通学を行なっているのですが、この季節は特に厳しいものがあります。布団の中は常に楽園にもかかわらず、外に出なくては行けないという義務感。講義を受けること自体は苦に感じないのですが、その過程が地獄そのものと言ったものが私を苦しめます。

最近では、5分前から5分遅刻ぐらいのタイミングで大学に到着するような割と不真面目な態度で通学しています。読者の皆さんから不真面目だなと怒られるのはわかっていますが、朝早く出たとしても道路が凍結していたり、体の冷えが必要以上に悪化する恐れがあるためこのぐらいは許してください・・・。

と言ったように、起床を遅らせて若干遅刻している時点で起床に負けている部分はあるのですが、これからも折り合いつけて関わって行けたらいいなと感じています。

おわりに

さて、今日の記事は如何でしたでしょうか?
正直、布団の魔力というのは言葉にできない程魅力的なものですよね。しかし、現実世界というのは無情なもので布団から出なければ多くの人は生活を営むことができません。そのなかで、布団と社会のバランスをとっていく事が私たちには求められています。

結局のところ好きな時に寝て、好きな時に起きることのできる社会を作っていかない限り私の安眠は訪れない事がわかりました。ですので、日本の働かせすぎな社会はやめてサボって寝ることのできる余裕ができてくれたらなと感じています。

ということで今日はこの辺で筆を置かせていただきます。

はこね