はこばこ跋扈

1日1投稿を目標に雑多な内容を書いていければと思っています。最初のうちは迷走を重ねるとは思いますが暖かく見守っていただければ・・・

『好きとは何だろう』

はじめに

この記事はTUT 平成最後のTwitterしかやってません Advent Calendar 2018の8日の記事です。 昨日の記事オリマーくんの記事が読めずに悶々としている中執筆させていただければと存じます. 去年の12月1日に全プロデューサーを震撼させる記事を書いたりですとか,TUT TwitterしかやってませんAdvent Calendar2017では神についてのお話をしたのがつい昨日のように感じられます.今日の私は対して成長をしてないようにも感じられまが,替えようの無い貴重な一年を過ごせたかなと感じています.

今日お話するのは,『好きとは何だろう』というお話.

今年1年間で感じた僕の好きという気持ちについて語らせていただければと存じます.

好きとは何だろう

ところで

読者の皆さんに,好きなものってありますか?

本編では恋愛感情のLoveではなく物事における趣味と言ったLIKEの話ですので,気軽に考えて貰えればと存じます. 多くの皆さんには,趣味とか特技といったものでこれが好きだと言えるような物が一つか二つ程度は最低限挙げられると思います.周囲の知り合いのオタクで考えるならば,プログラミングや音楽鑑賞,ライブでの遠征などでしょうか?

僕には好きなもの・・・・・・無いですね

『いや,好きなものが無い訳無いやろ』と言われてしまえば,その通りです.

しかし,好きを発信することを恐れている・出来ない人と言うのはある程度の数存在していると思います.
今日は僕を含めた,そんな方々の話をしていきたいと考えています.

好きでいる事が怖い.

これに関しては,去年の例のアレの前半で触れているような内容と同一のものですが,改めて語ってみようと思います.

どんな好きな事に関しても,同好の士と言うものは存在しこれらとの交流は避けられないと感じています.お昼寝とか一人で完結してしまうものを趣味と言われてしまえばそれまでなのですが・・・にへへ・・・.趣味間での交流に関しては,近年SNSが普及した事により活発に行われるようになったように感じます.インターネットで交流を始めた人とオフ会で出会うなんて言うのは素直にすごい世の中になったなと感慨深くなります.しかし,その一方で自分の事が容易に発信できるようになった事自体が 『自らの好きを発信する事を恐れる人』 を増やしているのではと感じております.

好きと言う事を表現するにも,様々な方法があります.例えば,ファンアートを描くですとか無限に好きな行為を極めるといった事です.好きを表現した制作物は,イラストや文学といった創作物に限らず『愛を叫ぶ』そのものだったりですとか,クネクネするといった謎の行為など形や形態にも囚われない現状があります.現代のSNSでは,こうした制作物の中でも,他者の注目を集めるもの・優れているものが特にピックアップされて拡散される傾向にあります.

そうした中で,拡散された『同好の士による,そうした拡散された成果物』を眺めては, 「俺よりも素晴らしい事をしている・・・」 「これだけの表現ができる人がいる反面,俺は何が出来るんだ」と思ったことは,一度ぐらいはないでしょうか?

普通の人ならば,その気持ちは一過性であるでしょう.

しかし好きを発信することを恐れている・出来ない人は総じて 自己評価が低い 為,この心境を長期間にわたって引き摺ってしまうのです.SNSなどを通じて優れた作品が出回る中で,こういった人たちの『何も出来ない』と思い込む事による劣等感はより強調されます.その結果『何も出来ない最底辺の私』と言うパーソナリティが構成されるのです.

その結果はどうなるでしょうか?

『何も出来ない私は,何を発信しても他者に逆に悪影響を与えてしまう』

と言う思考に陥ってしまうのです.
信じられないと思いますよね?

少なくとも私が実際に陥った心理状況なので,少なくともある程度の方々も僕と同じような心境になるのではないかなと推測しています.

好き嫌いが無いと言う事

「好き嫌いしないで育ちなさい」

なんて言われて育った人は多いんじゃないでしょうか?

私もその一人ですし,現に食べ物に関しても性癖に関しても殆どが嫌いなものがないような人生を送っていくようになりました.確かに,食べられないものは無いですし,どのような食べ物に対しても美味しく頂けるよう努力を重ねていきました.その時の自分の心境としては『全ての物事を公平に判断するためには好き嫌いを無くす必要がある』,好き嫌いを決める前にはまず嫌いを無くしていく必要があると思っていたのです.

こうした人生を送ってきた中で,自分がふとある感情が芽生えてきました.

嫌いが無くなったけど,特段好きと言う気持ちが無い.

好きと嫌いの差を埋めていくことばかりに意識を向けてばかりいたせいで,起きた現象です.
嫌いを減らす代わりに,好きを伸ばさなかった結果文字通り『好き嫌いは無い』人間になれました.しかし,好きと嫌いの落差が無くなった事により,好きと言う感情がわからなくなってしまったのです.

確かにどの様なものを見聞きしても『それ良いよね』と答えられる様にはなりました.

他者からすれば,全ての物事を好きになれる素晴らしい人間に見えるのかもしれません.ただ,僕自身としては大人になってから『好き嫌いのある人間は好きと嫌いを持つと言う個性』のある素晴らしい人間だなと感じる様になりました.確かに程よく公平性を持って好き嫌いを無くすのは良い事です.

ただ,その好き嫌いを無くすことは好きを伸ばした上で行わなければ意味がないのでは無いでしょうか?
上記に記載した好きでいることを恐れると言う点は,好き嫌いが無くなった関係で自分の好きを信じられなくなったことも要員として挙げられるように感じられます.

適当なまとめ.

上記の現象に陥る人はこのようなタイプに多い気がします.

  • 心配性
  • 完璧主義

文章が長くなってしまって,めんどくさくなったので結論だけ述べます.

お前の好きは本物かどうか判断するのはお前自身だ

おわりに

いかがでしたでしょうか?
好きという気持ちを続けるのは労力が必要ですし,好きで居続けることも才能の一つだと考えております.
僕自身は好きという気持ちを長く持ち続けるのが得意では無い人間ですので,自分に『これだけは真に好きだ』と言うものがある人は大切にしてもらえると嬉しいなと感じております.

明日は,醤油さんの記事です.
「手っ取り早く感動を得るには記憶を参照させるのがいい」と言う内容について書かれるそうですが,私とて興味のある概要ですので楽しみにしつつ筆を置きたいと思います.

最後に

アイドルマスターシンデレラガールズ 6th LIVE MERRY-GO-ROUNDOME!!! ナゴヤドームDay2にて

依田芳乃さんと婚約した気がします.

寝言でも芳乃の名前を呟くようになったみたいです.

どうやら,僕にも『好き』が生まれたみたいです.